昨日は、念願叶い『三宅同志会』津村さんのWSを地元で開催させていただきました。
太鼓の世界では誰もが知る『三宅』、ご存じ三宅島の伝統的な太鼓です。
私自身も太鼓演奏をはじめて、最初に習った曲がこの“三宅”でしたので
今回のご縁をとてもとても楽しみにしていました!
ここからは、少し長文になりますが、
伝統に生きる世界という共通言語をもつ
津村さんの『音』が私の心と共鳴し、多くの刺激を受けましたので
少しお話しさせてくださいm(__)m
三宅と言う曲の構成とリズムは驚くほどシンプルで
初心者の方でも楽譜など必要なく、かんたんに覚えることができます。
ただ、そのシンプルなリズムと音の中に
和太鼓の“本質”がしっかりと宿っているのを感じました。
現代の新しい和太鼓文化・・・
和太鼓そのものを楽器としてとらえ、舞台演奏や趣味で楽しんで
太鼓を叩いていただく機会が本当に増えたと思います。
それは、私たち太鼓に携わる人間にとっては
非常にうれしいこと。
ただ一方では、その和太鼓の“本質”たる部分が
見失われがちであることを感じます。
現代の創作系と言われる和太鼓演奏スタイルは、
和太鼓という“伝統的”な楽器を使って“現代的”な曲やアレンジをし
演奏する。という事だと思っています。
舞台演奏では、華やかなパフォーマンスや演出は
必要不可欠で、“音”と同時に“魅せる”という要素を含む
太鼓演奏は非常に魅力的です
しかし和太鼓はパフォーマンスや、魅せる為の道具では決してありません。
パフォーマンスや魅せる為の道具であれば
叩ける楽器、すなわち“和太鼓”でなくても
叩けるものならなんでも良い、という事になります。
伝わっていますでしょうか・・・
津村さんのWSで最初のごあいさつの時も
最後のお話しの時もこの言葉を強くおっしゃってましたが
三宅という演奏を通して何を伝えたいか・・・
それは和太鼓の“音”なんだという事。
そして、津村さんの演奏からその“音”を
体感し、私の心の奥深くに響いたからこそ共鳴しました。
現代の新しい太鼓文化が、本当の意味で
“文化”またこれから何十年、何百年先の後世に
“伝統”として残していくには、この和太鼓の本質である
“音”という事を決して忘れてはいけません。
そうでなければ、現代のものは
一時の流行りすたりで終わってしまう・・・
そんな気すらしています。
太鼓奏者が向き合うべきはその“音”なんです。
エンターテイメントやパフォーマンスの道具
なんかでは決してありません。
人々の心の奥深くに響く“音”そのものこそ
和太鼓の“本質”です。
今という時代は、太鼓に限らずモノに溢れ
その“モノ”の本質が見失われていることって
本当にたくさんあり、世の中にあふれかえっていると思います
私自身も、どこまでそのものの本質を見極めることができているか
自問自答しますが、少なからず伝統を守るという立場にいる
人間として、和太鼓の本質であるこの“音”は命をかけて伝え
守っていきたいと思っています。
その本質を理解した上で、新しいことに挑戦する事こそ
本当の意味で、新たな伝統を創っていくことだと感じています
『三宅』はたった3つのシンプルなリズムではありますが
その中には本質的な“音”が守られていました。
だからこそ人々の心を打つんだとおもいます。
小手先の技術や華やかさでなく
和太鼓の本質そのものです。
今回は地元岡崎で
このような貴重な会を開催でき本当に良かったと思います。
これから、こういう機会を少しでも増やし
多くの方々に体感してもらいたい
そんな思いを抱きました。
今回参加してくださった方々
三宅同志会津村さん、本当にありがとうございました。