2015年12月22日火曜日

お客様の求められる“音”。音とはその人自身。

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


今日は遠く栃木県より、

数年来のお付き合いをさせていただいている

和太鼓奏者、谷口さんがひさしぶりにご来店くださいました(^^♪





プロ和太鼓奏者として活躍される谷口さん。

音へのこだわりと探求心を持たれ、

毎回こんな音が作れないでしょうか?という


ご相談、宿題をいただきます♬








お客様が持たれている音へのこだわりや想い、


“音”という一人ひとり受け止め方や感覚が違うものを

いかにピンポイントで求められる音へとつなぎ合わせていくことができるか・・・



目に見える具体的なカタチではないものを

実際の音としてカタチにすることは非常に難しいですが、


これこそ職人の腕の見せ所(^^♪







求められる音を言葉で聞きながら、

その太鼓を創っている作業と重ね合わせていく感覚。



お客様が求める音というのは、

十人十色です。


極論同じ太鼓を使っても、

叩き手によっても、そこから生まれる音は変わりますね。



“音”とは、その人自身の“言葉”だと思います。



だから、音へのこだわりというのは

その人自身が伝えようとしている言葉、


それを責任もって届けたいという想いから生まれてくる気がします。




音がその人自身を表現するのだとしたら


やはり、その音を創る私達には
大きな責任がありますね。


やりがいと、責任感。



お客様が求められる音とは、

その人自身を表す大切なモノですからね。



2015年12月21日月曜日

受け継がれるモノには必ずその“理由”がある。

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


今日は今年最後の講演の機会を与えていただき

お話をしてまいりました!




そんな今日のお相手は、税理士の先生方( ;∀;)


税と、伝統となにか共通点があるのかないのか、、、


それでも、私がお伝えできることをすべて出し切ってきましたよ(^^♪


いつもなら、狭い楽屋も

今日は一人なので広いんですが、寂しい(^^)
















人に話をするというこは、

まず自分の頭の中がきちんと整理できてないと

上手に話をすることができません。



講演の機会を与えていただけたことで、

自分自身の考え方、過去をきちんと整理することができました。




私にとって、いつも伝えたい思いはただ一つです。



自分自身が普段の仕事から感じる“伝統”とは?


伝統、伝統と言葉にすることや

聞くことはよくありますが、



じゃあその伝統って具体的に

何だろう?ということです。


辞書で引くと、このように出てきます。


伝統とは・・・歴史を通じて後世に受け継がれていくモノ。



ほとんどの人が言葉としては理解はできますね。



では、いったいどういうものが実際に受け継がれていくモノになるのでしょうか?



これだけモノに溢れ、何不自由ない世の中で

世代を超えてまで受け継がれるモノってどれだけあるでしょうか?




私は、受け継がれるモノには必ず受け継がれるべく“理由”がある。


そう感じています。


逆に言えば、“理由”なきモノは残らない、残されない、受け継がれない。



理由とは、“価値”であり“本質”です。



価値のないものは捨てられます。


価値のないものは買い換えられます。


本質のないものは、残されません。




すでに200年、300年、400年と
受け継がれた古い太鼓がその答えをいつも私に教えてくれるんです。



太鼓にとっての価値、本質とは“音”そのものです。



見た目がボロボロで、カタチがいびつな
古い太鼓たちであっても、


200年300年と現役で活躍し、
今なお人と人、人と自然をつなぐ音を奏でています。



そして、こうした“音”つくりへの情熱には


先人たちの“知恵”が積み重ねられています。


積み重ねられた歴史、知恵を失うのは一瞬です。


やめてしまったら、なくなってしまったら

その歴史をあらたに手に入れることはできません。


時間や歴史はいくらお金をだしても
変えるものでないのでね。


私も、自分自身の世代から次の世代へ

一つでも多くの知恵を重ねてつなげられるよう


これからも精進していきたいと思っています。

































2015年12月18日金曜日

人が成長するためにとても大切な考え方。

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


はい、わたし永遠の成長期です(笑)


成長したくない人なんていないですよね。


誰もが、今日より明日よりよい自分をめざし

成長したいと願っている。



子供のころを少し思い出してみてください。



お母さんのお腹から誕生し、


生きるために必要なご飯を食べることすら
自分のチカラではできない。


そんな人間は日々の成長のなかで少しずつ、


自分でご飯が食べられるようになり、

自分のチカラであるけるようになり、

自分の言葉で話せるようになり、



いつしか、自転車にのり、勉強を学び、多くの事を学びながら

“成長”していきます。


私も子を持つ親として、

子供の“成長”というのを間近で見ていますが、


本当に子供の成長というのは早い!


そう感じることが多いです。



大人だって!子供と同じようにできるんです。



私、自分が子供のころ

大人=完璧な人間


そう思ってました。



でも、自分がその位置に来てみて感じることは


大人=完璧というのは


勝手に子供が描いていた創造でしかない。


大人だって完璧な人間なんて一人もいないですね。


子供のころのようなスピードで成長はできないかもしれないけど、


大人だって、日々学び成長すること


むしろ、よい教育者、人生のお手本になるには

大人こそ学び成長することが大事だと強く感じるようになりました。



そうは言っても人生、

思うようにいかないこともたくさんある。


これが“ダメ”あれは“失敗”・・・・



そんな時、わたしはこんな考え方をするようにしています。



思うようにいかないこともたくさんあるが
それは決して悪いことではなく、成長できるチャンス!


電球をはじめ、人類の歴史に多大な功績をのこした
発明の神と言われるかつてのエジソンは言いました。







私はいいままで一度も“失敗”したことがない。
私は2万回も電球が光らないという“発見”をしたのだ。



困難や壁にぶつかったときは成長できるチャンス!だと思う。


うまくいかないことにこだわってしまって、「ダメ」と考えるのは

今できてない現実やその“状態”にこだわって留まってしまうことです。




そうではなく、「まだ」という気持ちをもつこと。


たとえうまくいかなくても、“まだ”という気持ちを持って
そこから学ぶ。


やっとここまで出来るようになった!そう思い自信をもって望んでも、

なんだ結局ここまでしかできないか~( ;∀;)


そんな風に感じることたくさあります。




もしかしたら、エジソンの最大の発見は、


多くの発明ではなく、“まだ”という気持ちを持つことで

人は次のあたらしい“行動”を生み出せるという“発見”だったのかもしれない。



そうすることで、少しずつではあるが
確実に人は成長することができる。



まだまだ先は長そうです(^^♪


今日も素敵な一日を(^_-)-☆




2015年12月17日木曜日

人はなぜ変化を求めるのか?変わらないために変わりつづける

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


12月も中旬に差し掛かりましたが、
昨日までこれは12月なのか?

と感じる温かさが続いてました~


そして、今朝は急に冷え込んでます( ;∀;)


寒暖の変化がはげしく
体調崩しやすい時期ですので、

みなさんどうぞお気をつけて!



さて、今日はそんな「変化」の話。


季節も、環境も、、時間も・・・


日々刻々と“変化”していますね。



そして、私達人間の身体も、心も日々変化しています。



みなさん、“変化”することを求めて生きていますか?


それとも“変化”することを恐れて生きていますか?



私は日々、伝統という仕事に携わりる中で
この変化に対して人より少し敏感なのかもしれません。






変わらないために変わり続ける。




守るべき歴史や伝統を次の世代へつなぐためには、

決して変えてはいけない、変えることのできない確かな軸、核があります。



ただし、その変えられないものを守るためには

変わらないといけない事があるのも事実です。


だから、変わらないために変わり続けるということは


結局のところ、変化しなければ守るべきもの

何一つ守れない。。。


そう言うことです。



伝わっていますでしょうか?



変化とはいったい何なのでしょう?

その先にいったい何があるのでしょうか?



心の成長でしょうか?


達成感でしょうか?


それとも自己満足でしょうか?




自然や世界を見渡せば、森羅万象すべてが

川の流れのようにゆるぎなく変化しているとしたら



人間の勝手な都合で、変化を恐れ、変化しないことを求めることというのは


この大宇宙の真理にそもそも反しているのかもしれません。



だから、すべてを受け入れて

流れの中に身を任せていくことで


いつか大海原にたどりつくことができるのかもしれません。




変わらないために変わり続ける。



この言葉の本当の意味は


変わらない世界など何もないことを知るために、

日々変化していくとを受け入れる・・・



なのかもしれません。



変わりたいと願うのではなく、


変わっている事実を受け止める。




そうすれば、自然と川の流れのように

よき方向へと導いてもらえる。



今日も素敵な一日を(^_-)-☆



2015年12月15日火曜日

行動を変えるための唯一の方法。

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


12月もあっというまに中旬にさしかかり
いよいよ年末の声も聞こえるようになりました。

みなさんお忙しい時期ですね!

1年の疲れもドッ!と出てくるこの時期ですので

どうぞお身体ご自愛ください(^_-)-☆



そんなこといいなが、実は
わたしもここ数日体調くずしてまして、

昨日も通院( ;∀;)


身体にウミがたまり、そこを切開し中から
ウミを出す施術をしてます|д゚)


これがですね~

痛いどころじゃないんですよ~(泣)


ウミが完治するまで施術が続くのですが

毎回歯をくいしばって痛みに耐えてます~


あまりの痛さに、先生この処置は
あとどのくらい続くのでしょうか( ;∀;)

と聞いちゃいましたよ~


そうだね~、まだ2,3回は通ってください!泣


ま、今年一年分のたまった老廃物を出してると思ってがんばります( ;∀;)



さて今日は人の“行動”のお話。


人は、毎日いろんな行動をして生きてますね。


私もそうです。


そして、実際にその“行動”というのはどうやって決めてますか?


どんな、“行動”もかならずその行動の一つ前に

実は人間は頭の中であることを考えています。


それは“言葉”。


例えば、


・お腹がすいたと思う(思考)→実際に食べる(行動)

・眠いと思う(思考)→眠る(行動)



こんな感じです。


こんな話を聞いたことがあります。


“不登校”という言葉は私の親が子供のころには

世の中になかったそうです。

だから子供が学校を休むのに、病気以外の選択肢がありませんでした。



でも、今は“不登校”という言葉がある。


だから、子供はその“不登校”という選ぶことができる。


病気じゃなくても、学校いくのが嫌だな、面倒くさいな、

そして、不登校という言葉を選択し→実際に学校にいかないという行動となる。



ブラック企業、草食系男子、危険ドラッグ・・・



世の中には、その時代によって

あたらしい言葉がたくさん生まれている。


危険ドラッグはもともとは脱法ドラッグと呼ばれていたが、

脱法ドラッグという言葉では、その危険性に対する認識が弱いと

判断した警視庁が危険ドラッグと改名したのだ。


言葉のチカラをつかって、その危険さを伝えている。



日本には、言葉には魂が宿る言霊という昔から考え方がある。


本当にそう思う。



だから、自分の行動を変え、よき未来を導きたいのであれば

自分自身のなかに良き“言葉”を明確に持つことが必要不可欠なのかもしれない。



先生と言われれば、先生としての自覚が育ってくる。


社長と言われれば、社長としての自覚と責任が育ってくる。



すぐに言葉とおりの人間に成長することはできないけれど


でも、自分の中の意識や行動を本気で変えたい!


そう思うのであれば、


自分の中にある“言葉”から変えることが必要不可欠なんだと思う。



鼓音魂-KOTODAMA-。


これは私たちが今年の舞台であてた造語。


何事も“できる”と信じきれたらできるし、


できないと信じてしまえば、やっぱりできない。



良き言葉と出会い、良き言葉を持ち、良き言葉を信じて行くことが


豊かな人生をつくる方法なのかもしれませんね。


今日も素敵な一日を(^_-)-☆


















2015年12月13日日曜日

出会いとは?人生の節目に必ず大切な出会いがある。

こんにちは、六代目彌市です(^^)

昨日は、待ちに待った京都FANJでの公演♬


この機会を与えていただいた、うちなハレのみなさんに
こころからの感謝の意を。



2015年、まだ今年は年末最後まで演奏活動つづきますが、

ひとまず大きな舞台はこれで一幕でしょうか。


今回の公演、そんな2015年を締めくくるというより

これまでの11年のすべてがそこにあったような気がしています。



今年一年は本当に何か人生の大きな転機を迎えたような

そんな激動の感が自分の中にありました。




そして、かならずそこにあったのは“人との出会い”









思い返せば2009年、

ここ地元愛知で、共演させていただいた祭衆さん🎶


久しぶりになつかしいアルバムを広げてみました(^^

2009年共演舞台「for the children」



みなさんにも見えますよね、人生の師と言える人。

私は幸せなことに、そんな師と仰ぐ方がたくさんいます。



そして、そんな方々からいつも

ここぞ!というタイミングでアドバイスや助言をいただくことができます。



人って不思議なことに、自分自身のことは自分自身で
一番わかっているようで、

時として、うまくいかない時がある。


そんなとき、ふとした他人からの言葉が胸に突き刺さり

新しい気付きを与えてもらえるのが、私の人との出会いでした。




長いようで短い人生、だれもが寄り道せず
できるだけよい方向へまっすつに突き進みたい!

誰もがそう願いますよね。 


ただし、どこへ行くのが最良の道で、
どこへ向かっていけばいいのかというのは

行く前からはやっぱりわからず、行ってみたらそうだったのか!
ということばかりでした。



階段ひとつ登ればまた違う景色が見えてくる。
当たり前のことかもしれません。


一段下からは、その一段上の景色というのは

絶対見ることができませんからね。



ひとつの階段を登るという“決断”は

“失敗”こそたくさんありましたが“後悔”はありません。



失敗は次の歩みへの糧となり、学びとなり
また人生の選択肢を与えてくれました。



良き出会いが人生をゆたかに導いてきてくれたことは
間違いありません。


そして最後、その地に足を踏ん張り立つのは自分自身であって

その人が代わりに立ってくれるわけじゃないですね。



まだまだ先の道のりは長そうです(^^♪


そして、この先人生いったいどんな出会いが待っているのか(^^


ワクワクしますね!


京都のみなさんの出会いとご縁に

心から感謝いたします(^^♪







2015年12月10日木曜日

和太鼓だってグルーヴはある。和太鼓のグルーヴの作り方。

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


最近は懐メロにハマっています(^^♪


私の懐メロといっても、わたしの時代ですからね~

1990年後半が多いかな~


懐かしい音楽に触れていると、
なんだかとても不思議なきもちなりせんか?


一瞬にして、何かその時の出来事や空気、

ときには香りや風すらフラッシュバックしてくるような感覚や高揚感🎶



音楽って心地良いですね(^^♪



音楽で感じられる高揚感をあらわす言葉や表現というのは

いくつかありますが、今日はその中でも少しハードルの高い


“グルーヴ”についてのお話。



みなさんも一度は聞いたことある言葉だとおもいます。



そして、なんとなくグルーヴというのは

音楽にとって“良いこと”という認識もあるいと思います。



では、実際このグルーヴについて

具体的に説明できるでしょうか・・・・


Wikipedia(ウィキペディア)によれば、以下の回答だ。


ある種の高揚感を指す言葉であるが、具体的な定義は決まっていない。
語源はレコード盤の針溝を指す言葉[要出典]で、波、うねりの感じから
ジャズ、レゲエ、ソウルなどブラックミュージックの音楽・演奏を表現する
言葉に転じた言葉である。

現在は、素晴らしい演奏を表す言葉の1つとして、ポピュラー音楽全般で用いられる。



ということです。


そう、グルーヴそのものに対して「具体的な定義はきまっていない。」


難しくとらえずに、

かんたんに言ってしまえば、→ 誰もが“聞いて心地よい”


そして、その音に“高揚感”を覚え自然と楽しくなる音楽。



と、私は捉えています。



グルーヴについての定義を音楽学者でもない
私がつくることはできませんが、


音楽に対する、

こと私の場合は和太鼓演奏にたいする高揚感、誰もが聞いて楽しく!心地よい音(^^♪


であれば、その作り方は伝えられる🎶



和太鼓音楽、グルーヴを生み出すための

必要不可欠な要素は3つあります。



1つ目。“音”


“音”ここで言う音とは、たった一発の“音”のことである。


リズムでもテンポでもない。

そう、たった一発の音。


音楽のすべては、ここから始まります。


そして、グルーヴという観点で捉えると

“音”は→出すことが大事ではなくて

“音”は→感じることが大事🎶


自分が出す、そのたった一発の“音”をじーーっくりと感じた事ありますか?


実は、感じようとすればするほど

その音は単音ではなく、母なる大宇宙のように果てしなく広く深いのです。









2つ目。“間”


一つの“音”を感じられることができたら、

次に大切なのがこの“間”というやつです。


これまたくせ者で( ;∀;) 日本人にとってこの“間”という定義だけでも

話し始めたら、終わりがない深いテーマになっちゃいますが、


今日は、かんたんにとられてもらって大丈夫(^^♪


私がここで言う“間”とは、“音”と“音”の間のことです。


一発のドン!という音を感じられたら、

次にもう一発ドン!と打つまでに、実は隠れた“音”が眠っています。


これが、1つ目で伝えた音を感じるということにつながります。




3つ目。“信頼関係”

これは、演奏者同士の信頼関係だけでなく


人と人はもちろんのこと、



私と太鼓との信頼関係、

私と音との信頼関係、

私と私との信頼関係、

私と自然との信頼関係



音楽を取り巻く環境すべてに対する“信頼関係”



これが、深ければ深いほど音楽の、音のグルーヴは深まります🎶


例えばこんな感じ(笑)>>>






いかがでしょうか?


これは、あくまで私の勝手な主観、定義ですが


とても大切なことだと常々感じています。



ここでお話しした3つの要素、


一発の“音”を感じ、その音をつなげるために“間”を感じ、

そして、すべては信頼関係の上で成立する。



一言で言えばグルーヴとは“愛”なのかもしれません。


愛あるものは、不思議と多くの世界を巻き込むのです。


それも悪の道へ巻き込むのでなく

人々を楽しく、幸せな世界へと巻き込んでいってくれます。




私は、そんな太鼓と、メンバーに出会えたことに

こころから感謝します(^^♪



今日も最高のグルーヴィーな一日を(^_-)-☆