2016年4月21日木曜日

うまく行く時と、うまく行かない時。

こんにちは、六代目彌市です(^^


さて、大きなイベントも終わり

ホッと一安心。。。。


と、思いきや

うまく行くことばかりじゃないですね~( ;∀;)


世の中そんなに甘くない。






何かがうまく行ったときや

成功の裏には、必ずその“理由”がありますね。


成功に偶然はない。



向かうゴールをきちんと見据えて、

その為に日々なにを考え、何をしなければならないのか理解し

行動している。



だから、結果→うまく行く。

言わば当然のことなのかもしれない。




逆に、


ほかっておいて、ほったらかしにしておいて

日にちだけが過ぎていき、うまく行くことなんてありえない。



これも言わば当然のことなのだ。



ほったらかしにするつもりはもちろんなくても、

なかなか複数のものを同時に目を届かせながら

進む、マルチな管理能力というのが私にはないらしい( ;∀;)




本当は、目の前にあるたった一つの事に集中し

その事を終えてから次のステージに行きたいのだけれども


世の中は、そういうわけにもいかず、


すべては同時進行なのですね。



子供のころよく、パズルを買ってもらった事を思い出す。


1000ピースのパズルを完成させるには、

毎日最低でも1ピースうめて行かなければゴールはない。



でも、毎日1ピースうめることができれば、

1000ピースなら1000日で達成できる。



うまく行くときっていうのは、

こうした日々の1ピースを怠らないときで、


うまく行かないときっていうのは、

他のやるべきことに心奪われて、

この日々の1ピース作業を怠ったときなのである。



後悔の念というのは、


しまった!!!



そう思っても、時すでに遅しで

過ぎてしまった“時間”は取り戻すことができないと

分かったその瞬間に感じること。



いや~、


うまく行ったときもその成功原因を学び、

逆に

うまく行かなかったときも同じくその失敗原因を学ぶんですね~。


たまには、


だら~~っと( ;∀;)


ボーーーっとして

心リフレッシュすることも大事ですね( ;∀;)




2016年4月19日火曜日

目的と目標はどうやら違うらしい。

こんにちは、六代目彌市です。


日々、熊本震災の報道に心を打たれております。


直接的なチカラになることができず、

ただただTVの中の傍観者でしかない自分自身ですが


昨日のあるニュースに心が痛みました。


それは、関西テレビのお詫びメッセージ。


以下番組ホームページのお詫び文章引用します→






このお詫びを見て、報道マスコミはいったい

何のために現地に入り取材しているのか?


そんな疑問を感じました。


これは、東日本大震災のときも

同じようなことが大きな問題となって残されています。


「被災地で中継車が支援の邪魔になる」

「インタビューする場をわきまえず我先に、
 特ダネだと思って中継や取材に殺到する」



報道マスコミのお仕事は、

いったい何のためにその情報を報道する必要があるのでしょうか?



自分たちの特ダネのためでしょうか?


我先にビックニュースを届けるためでしょうか?



違いますね、


正しい情報を提供し伝えることだと思います。




これが本来の“目的”なのですから、


被災地では、やはり被災された方々の心や環境を

まず第一に考え行動することが大切だと思いました。



支援の妨げになる行為というのは、


誰よりもはやく大きなニュースを取り上げたいという

自分たちのことしか考えていない行為です。



人は、目的と目標を誤るとこういうことになる、、、


以前にそんな話を聞いたことがあります。



目標というのは、数字上の目標だったり

売り上げだったり、順位だったりしますね。



一方目的というのは、

“何のために”それをするのか?

ということになります。



実は、目標よりも目的の方が

とてもとても大切なことなのです。



われ先にビックニュースを届けることは

単なる目標。




一時期、食品偽装問題などでも社会問題になりましたが


これだって、売り上げや数字という目標、ノルマをクリアするために


本来、消費者に安全安心な食物を提供するという目的が

見失われてしまった結果です。



たくさんの方々が困っているわけですから、

その方々のためになることをする。


その方々の妨げになる行為は、本末転倒ですね。



本当の支援とはいったい何なのか


今一度考えていかなければなりません。




2016年4月18日月曜日

つながりを求めるのではなく、つながりの先にひとは生かされている。

こんにちは、六代目彌市です(^^)/

昨日の、第七回みんなおいでん太鼓でドン!

たくさんの方々のご協力、ご支援、ご来場のもと
今回も無事終えることができ、

心から感謝もうしあげます!






この日、この瞬間のために

1年以上も前から実行委員を立ち上げ、

毎月のように会議と同時に練習を重ねてきました~(^^♪





また、今回は

そんな太鼓でドン!の実行委員長という大役を
いただきましたので(^^

なんとしても、成功させなければという
プレッシャーもありました( ;∀;)



出演団体9チーム、総勢100名上の出演者!


チームカラーも違えば、年齢層、経験、太鼓に対する思いや

こだわり、また今回も遠く香港から海を渡って参加くださった

激鼓楽社(げっこらくしゃ)の皆さん!


個性は当然のこと、国や文化だって違うたくさんの出演者を

一つにまとめることは本当に大変でした~( ;∀;)



そんな出演者を一つにするために、私が今回考えたのは

公演に“テーマ”を掲げ、想いを一つにして望むこと(^^♪



今回のテーマは『結』yui


結とは、互いに労力を提供しあって助け合うこと。

そして、それをする仲間という意味です。



昔から私達日本人の暮らしの中でつちかわれてきた

生きていくうえでとてもとても大切な思想。


現在、九州熊本では

大きな地震により大変な被害が起きてしまっていますが、

困難な時こそ、私たちは支え合い、助け合う心をもっています。


私達には私達ができることをする。



太鼓でドン!はそもそも

単独のチームでは公演開催することが難しいけれど


みんなで力を合わせることで一つの舞台を

作り上げていこう(^^)/


そんな思いでスタートした会だったので

より一層想いを強くし舞台に臨みました。




本番までの長い道のりの中で、


私はどうして人は“つながり”を求めていくのかなぁ~と

ずっと考えてました。



公演当日までその答えはでませんでしたが、

今なんとなくわかってきた気がします。



そもそも、

人は“つながり”を求めているわけではなく

“つながり”の先に人は生かされている。


そう感じました。



時に自分一人で生きているかのような

勘違いをしてしまうこともありますが、



決してそうではないですね。


たくさんの命と命のつながりの先に

“今の私”があるわけですから、


つながることは言わば人として当たり前のこと。




終わってしまえば、本当にあっという間でしたが、

一つの太鼓からつながった深いご縁に感謝します!



ドン!恒例の打ち上げは、打ち上げにも太鼓を持ち込んで


噂によると本番より長い!?


本番より盛り上がる笑




人のエネルギーは本当にすごいです!



今日はさすがに気力が抜けておりますが( ;∀;)


みなさま本当にありがとうございました(^^)/



2016年4月16日土曜日

我々は、何の為に“時間”を使うのか?

こんにちは、六代目彌市です(^-^)

毎日、日課にしているブログも
ろくに更新できないほど

ここ数日バタバタとしており
“時間”に追われてました(⌒-⌒; )

書きたいこと、
伝えたいこと、

たくさんあるのに、

私たちが生きる人生にはどうやら“時間”というのが
限られているらしい。

先日、“世界一貧しい国の大統領”として
現在世界中で話題のウルグアイ前大統領
ホセ・ムヒカ氏がテレビでこんなことを言ってました。



“何のための時間でしょうか?”


日本人調査で、今あなたが一番欲しいものの
第1位が、“時間”だったそうです。

経済大国日本、モノ、安全、お金、発展、最先端、

現代に生きる私たち日本人は、
物質的にはとても豊かになりました。

しかし、物質的な豊かさと“心の豊かさ”は
どうやら少し違うようです。

ムヒカ大統領は、あなたがた日本人が
欲しているその“時間”というのは

“使い方”が何より大切だと訴えています。

もっともっとお金が欲しいから
ただ働くためだけに“時間”を使いのでしょうか、、、

もっともっと地位や名誉が欲しいから
ただただ何事もかえりみず、そのためだけに
“時間”を使うのでしょうか、、、

本当の豊かさとは、地位や名誉、
モノやお金ではなく

まさに一分一秒刻々と進んでいる
“今”その瞬間の心の在り方にあるのかもしれません。

ムヒカ前大統領はこうも言ってました。

“日本の若者は、お年寄りたちよりも幸せなのか?”


我々日本人の暮らしが、
あまりに西洋化され、本来の日本人の知恵や“ルーツ”を
見失ってはいないか?

というムヒカ前大統領の嘆きでした。

確かにそう思います。

日本の現代社会は、あまりにも西洋化されて
しまった為に、現代に生きる私たち日本人は

そもそも、何が西洋化で何が本来我々
祖先が培ってきてくれた文化なのかという
“区別”さえできなくなってしまっている。

そういうルーツや文化を見失った状態で
さらに追い討ちをかけるように、

私たち日本人はどんどん“孤立化”していってしまっています。

生涯、独身でも生きている日本社会となりました。

核家族、ルーツを知り伝えてくれるお年寄りとの
関わりが無くなってしまいました。

地域社会、地域コミュニティとの
関わりが薄れ、お隣さんの顔も名前も知らない
世の中になってしまいました。


そう、現代社会はたとえ“孤立”しても生きてはいけるのです。

我々、現代日本人は、
お年寄りたちよりも本当に幸せなのでしょうか?

生き方の知恵、
暮らしの知恵、
人生とは、、、

そうした生き方哲学というのは、
やはり多くの人たちとの豊かな“関わり”の中でしか
実感できないのではないでしょうか?

ちょうど、今私が修行に伺っている
桶職人の師匠はおん年83歳ですわ〜

日々、桶作りそのものの技術はもちろん
習うのですが、

実は師匠との時間というのは、
それだけではありません。

私が限られた時間の中で、
早く一人前になりたいものだから

一生懸命1日も早く!

そうやって頑張ろうとすると、

師匠はふと、そんなに頑張るな!
と言います。

そしてすぐに仕事そっちのけで
一服しようと言います笑

その言葉に、私はハッとして
頭でっかちになっていた考え方や焦りが

ふと緩んでいくのがわかるんですね。

きっと、焦っても仕方ない、

心のゆとりこそ、暮らしの豊かさであるということを
何よりわかっている師匠からの助言だと

私は痛切に感じました。


そして、この1月から4月までの約4か月の間で
一通りの行程は教えてもらうことができ

もちろんまだまだサポートいただくことは
必要なのですが、

ここからは少し自分自身で工夫を
しながら挑戦していくことになった私に

師匠はこう言いました。


私は、生きているうちにたくさん
良い“思い出”を作りたい、ただそれだけだ。 と、、、

この言葉を聞いて、
私の心には大量の涙が溢れてました(T ^ T)

“思い出”というのは、心に刻まれた“感動”。

思い出は忘れません。

思い出は人から人へと伝わっていく。


決してモノや形として残らなくても、
心に刻まれた大切な想いというのは残され
受け継がれていく。

だから、世のため人のためになることを
して生きていきたいんだという、師匠の言葉でした。

我々、現代日本人はとにかく忙しい。

そのあまりにも忙しい社会に飲み込まれ

本来の日本人としてのルーツ、

一人の人間としてのルーツそのものを
見失ってしまっているのかもしれない。


何のために“時間”を使うのか?


誰もが、より豊かで幸せな日々を暮らすための
平等な時間は与えられているはず。

生き急ぎたくなる、

そんな時は、

そんな時こそ、

ちょっと一服してゆっくりと私自身の心の声に
耳を傾けてみることも

とっても大事なことなんだろうなぁと
感じました(^-^)

今日も、ゆったり
豊かな1日を過ごしたいですね!





2016年4月12日火曜日

人生に、無駄な時間なんてひとつもない。

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


今日も一日“竹”と格闘してました~( ;∀;)




うまくいっているはずなのに、

どこも間違っていないはずなのに、


なぜか、出来上がった“たが”がすぐに

緩んでしまうんです( ;∀;)




うまく行ったと勘違いしているだけで、

“失敗”しているのかもしれない、、、


そう思って何度も何度もやり直し、たがを作ってみるんですが


やっぱり同じようにすぐに緩んでしまうんです・・・



今日は、師匠から教わったことを一人で

やってみようと、いつもなら助けてくれる師匠が隣にいないので


ひたすら自分自身で試行錯誤の繰り返し・・・




そんなとき、ふと一本の電話。


なんと師匠からでした( ;∀;)




電話ごしではありましたが、

状況を細かく説明すると、ようやく原因がわかりました。





うまくいかない事って、

そういう状況になると


人は“なんでうまくいかないんだろう?”と

不安や焦りを感じますね。



でも、必ずうまくいかないことにはその“原因”があります。


だから、いくら一生懸命がんばりつづけても

根本の“原因”が間違っていたら、結果的にうまくいかないんですね~



今日の私のように、

一見、自分ではうまくやっているつもりでも


根本的な“原因”が間違っていたために

何度やっても同じことの繰り返しでうまくいきません。



“原因”さえ理解できれば、

“結果”が変わる。




でも、その“原因”をみつけるまでに

とーーーーっても長い時間と経験が必要なんですよね。


答えはすぐには見つかりません( ;∀;)





これこそ先人たちの“知恵”=伝統。



師匠は一瞬で答えをくれますが、


その答えを導き出すために、

長い時間を費やしてきたんですね。



長い時間をかけてつちかわれた“知恵”っていうのは、


私達人間がこの地球上でより豊かに暮らすために

とても必要なことだと感じています。


と、同時に


うまくいかないからこそ、

うまくいったときのありがたさを強く感じます。



そうやって考えると、

すぐに答えを導き出すことだけじゃなく

うまくいかない時間も大切な時間。


きっと人生に“無駄”な時間というのはないんでしょうね(^^♪



今日も焦らず、じっくりと

がんばります(^_-)-☆




2016年4月11日月曜日

今捨てたいモノ。それは経験値。

こんにちは、六代目彌市です(^^)/

今日あたりまで入学式のところもあったようですね~


いよいよ4月に入って
あたらしい生活をスタートされた方も多いと思います(^^♪


そして、我が三浦太鼓店にも、
新しい顔が入ってきましたよ~!



2012年より、育児休暇をとっておりました

双子の妹が晴れて、戻ってまいりました(^^♪


左は姉みほ、右が妹しほでございます!


もともと、三浦太鼓店には姉のみほが入っており

産休と同時にしほが変わって入社し、


双子揃ってのお仕事は初めてですかね~


同じく、和太鼓零~ZERO~にも復帰予定です!

今後ともどうぞよろしくお願いします(^^♪




あれからもう4年も経つのか~( ;∀;)



時がたつのは本当に早いといいますが、

そのスピード感というのは、年を重ねるごとに増している感じがしています( ;∀;)



まだまだ心は二十歳でありますが笑

経験も実績も、もう立派なベテランの世代なのです~



20代の頃は、自分が自分がで、

自分中心に物事を考えることしかできませんでしたが


ここ最近は社長という立場になった事も含め


いかに、周りの人たち、若い世代の子たちを育てていけるか?


そんな視点に少しずつシフトしている自分がいます。



まだまだ自分自身が未熟でありながらも

同時に人の教育もしていかなければならないのです。



当然といえば当然の立場ですね。



“教育”とは、人を育て指導し導くことだとしたら

今まで自分が培ってきた“経験”や“実績”をもとに考え、判断し

伝えるということですよね。


でも、わたし最近とても強く思う事があるんです。


それは、自分自身が今まで培ってきた“経験”そのものを捨て去りたい。



なぜか?



それは、若い世代の人の“無限の可能性”を

私自信の“経験枠”の中でしか導けないからです。


伝わっていますでしょうか?


例えば、何か新しい物事に挑戦させたい、

そう思っても、やらせる前からその“結果”を想定し

判断してしまう。



経験が増えてしまったからこそ陥る思考。



ふと、自分自身の過去を振り返ってみると


経験も、なにもかもない“ゼロ”の状態だったからこそ


自分たちの夢や理想を信じて突き進むことができたんですよね~



それを、最初からここまでしかできないんじゃないかと判断してしまう。


そうなってしまうと、

当然私の思考の範囲を超えた成果などでるわけがないのです。



人生の目的ってもしかしたら

経験や実績を増やすことではないのかもしれませんね。


キャリアアップがすべてではない。


新学期、新しい社員も加わり

人との関わりがますます大事になりましたから


その人自身がもつ能力を、

私のわずかな人生経験でくくってしまうことがないよう


教育していける人間になっていきたいと思っています(^^♪


みなさんも新生活がんばってください(^_-)-☆
































2016年4月10日日曜日

真実の想いはつなぐではなく、つながる。

こんにちは、六代目彌市です(^^)/


ここにある一台の古い太鼓があります。

地元三河地域のお祭りで100年以上人々の中心にあった“音”。





ケヤキの立派なくり抜き胴。大きさは三尺三寸もあります!

現代価値にしたら1,000万円以上もする太鼓(^^♪


それが、地域住民の少子高齢化、人口減少により

祭りの後継者が育たずに、今回残念ながら

太鼓保存、管理が難しく、三浦太鼓店が引き取ることになった太鼓なんです。


できたのは、明治初期。約140年ほどまえでしょうか

太鼓屋佐竹市右衛門の銘があります。





太鼓屋佐竹市右衛門というのは、

実は最近になってある書物から分かってきたのですが、


三浦太鼓店、初代彌市の時の職人が独立し

開いた太鼓屋であることがわかりました。


ということはこの太鼓の“ルーツ”は三浦太鼓店にあったんですね~


使われなくなってしまったことは

非常に残念なのですが、なんだかとっても嬉しくなりました(^^


よって、修理の記録も

歴代の三浦太鼓店の銘がいくつか刻まれていました(^^♪




これは昭和初期に修理された記録。


珍しく、修理代金60円という記録も残されてました~。


これも、現在修理すると約60万円ですからね~( ;∀;)


当時の貨幣価値もよくわかります。



そんな、太鼓が今回実はここから新たな使い手へと

命のバトンがつながったんです(^^♪





もともとは、地域の祭りで使われていた胴の長い太鼓だったのを

少し長さをカットし、現代の創作太鼓用に使い勝手をアレンジ(^^♪


太鼓の胴は膨らみがありますから、

胴を少し短くすると、口径が大きくなり


ここに、三尺八寸の太鼓が完成しました🎶





今回、この太鼓の命をつないでくれた東京で活躍する塚本鷹くん!





新しい音が生まれるその瞬間を共に

作り上げていただきました(^^)/





こちらは、五代目親父でございます(^^♪










使われなくなってしまった太鼓、


一時引き取ったものの、実際はこの太鼓が

どうなってしまうのか・・・・


そんな不安を抱いてましたが、

こうして新しい命の音を吹き込ませていただけたことに


ただただ感謝なのです。




今回、この太鼓の運命に携わる中で感じたことは、


真実の想いというのは、つなぎたいと無理に願わずとも

不思議とつながっていくんだということ。



ウソ偽りのない本物であったり、

ウソ偽りのない真実の想いというのは


不思議と人の心につながっていきます。


だから、いくら古い太鼓であっても

こうして必然と次の担い手が現れてくれる。



真実とは、どれだけ時代が移り変わっても

変わることのない事実ですから。



だから、今新たな息吹を吹き込んだこの太鼓は

きっと私達がこの世の中からいなくなってしまった後も、


真実の“活きた音”でたくさんの人々を幸せにしてくれると確信します(^^♪



時代を超え、世代を超える真実の音は

“つなぐ”と願わずとも自然とつながっていくんだと。


これこそ、私が常々大切にしている“活きた音”そのものですね。


歴代の彌市の銘の横に、誇らしげに

六代目の銘を入れこの太鼓の歴史がつながっていきました(^^


感謝!