長きにわたる密着取材がようやく終わり、
緊張感から解放(^^
放送は12月4日だそうです(^^
零~ZERO~の練習や
四国視察にまで同行くださいましたが、
これだけたくさん撮っていただいても10分の番組(#^.^#)
これも大変なお仕事ですね~
NHK教育テレビ、小学校教育の道徳番組
『オン・マイ・ウェイ!』。
ネット配信も同時にされるそうですので
改めて放送時間などご案内させていただきます(^^♪
さて、今日はそんな取材でお話をさせていただく中で
あらためて自分自身の考えを振り返る
良い機会を与えていただく事が出来ました。
今回のテーマは『伝統』。
つねづね、日々の仕事を通して
向き合い、考える大きな大きなテーマなんですが、
みなさん伝統って何だと思いますか???
言葉で言うのはかんたんですね。
伝統文化、伝統芸能、伝統的・・・
一言で言いあらわせない様々な要素が
重なって“伝統”は存在するわけですが、
一つ言える事は、積み重ねられた確かな“時間”が存在するという事です。
その重ねられた“時間”というのは、
決してお金で買う事はできません。
今年で創業150年の三浦太鼓店も、
じゃあ150年という時間、歴史が欲しい!
そう思っても、どれだけ高い金をだしても時間や歴史は
買う事はできませんよね。
積み重ねられた“時間”というのが“伝統”という言葉の
大切な要素であることは間違いありません。
では、どうして積み重ねられてきたのか?
ここに視点を向ける事が私が
大事なことだと感じています。
受け継がれるモノ、大切にされ、守られてきたモノ
そういったモノには、受け継がれる、守られるべき“理由”が
存在します。
逆に言うと、守るべき本質のないモノ、価値のないモノというのは
受け継がれないということです。
さらに、今日はその先の深いところまで
お話しすると、
ただ単に本質があり、良いモノというだけでも
“伝統”となり、守られる理由にならない。。。
そうも感じています。
ちょっと難しい話かもしれませんが^^;
かんたんに言うと、
いくら素晴らしいモノ、価値のあるモノであっても
世の中に必要とされなければ、存在していないのと同じ。
という事です。
例えば、人。
どんなに能力が高く優秀な人であっても、
周りの人との調和が欠けていたら、人から憎まれ、嫌われてしまい
その人の存在や高い能力すら必要とされません。
私が日々生み出そうとしている活きた音と言うのは、
人と人、人と自然を調和した音なのです。
積み重ねられた“伝統”というモノから
私は、技術や能力だけではなく
こうしたいろんな事を学ばせていただけるのが
本当に幸せだと感じています。
人に寄り添い、自然に寄り添い、調和していくことこそ
現代の世の中にとってとても大切な事かもしれませんね^^;
今日も素敵な一日をヽ(^o^)丿